ブサメンがモテる為には【会話】と【セリフ】が必須!
『恋の病』の正体は何なのか?!それってストーカーのこと?
キミは『恋の病』に掛った事があるか?「ない」と言っちゃえるキミはある意味幸せかもしれないし、不幸かもしれない。どんな病よりも苦しく、激痛に見舞われ、絶望感に襲われ、特効薬もなく、治りも非常に悪い。仮に治ったとしても、一生後遺症に悩まされるかもしれない。それが『恋の病』だ。出来る事なら掛からない方が幸せなのかもしれない。
『恋の病』とは片思いの時だけ掛るものではないだろう。両想い、もしくは交際が始まっても、長年付き合ったとしても掛るものだ。相手が恋しくて、愛おしくて、たまらなくなるのは、片思いをしている者だけの感情ではないからだ。付き合っても尚、相手への恋しさが募り、愛おしくて苦しくなる事は確かにある。しかし『恋の病』という言葉を普段の生活の中で聞かなくなって久しい。現代では『恋の病』は絶滅したのだろうか?いいや、違う。現代では『恋の病』の一語では括れないほど、恋の有り様が細分化されてしまったのだ。
現代では『恋の病』が行き過ぎて、犯罪にまで変化してしまうようになった。『恋の病』という言葉では済まされない事柄、事件が増えすぎた。相手を好きすぎて、全てを知りたくなる事は誰にでも理解はできる。しかし今では過剰な程に侵された人間が「ストーカー」「盗聴」「盗撮」という行為を起こすまでになった。これらも深い所では『恋の病』が関係しているのかもしれないが。しかし犯罪である。
好きな相手を守りたくて、誰にも傷つけさせたくなくて、その気持ちが「監禁」までさせてしまった例もある。これらの犯罪行為は『恋の病』と言えるだろうか?『恋の病』が苦しかった理由は「好きな相手を真に大事に思っている」事から始まる病だったはずである。ただ「好き!」という事でさえ、相手に迷惑を掛けるのではないか?自分なんかが好きになっていい訳がないという感情が働いていたからこそ伝えられなかった。だから苦しかった。相手を大事に思う心と、自分自身の足りなさ、この両者のギャップ、両者の間に流れる深く大きな川を前にして、人は叫び、血の涙を流したのだ。それが『恋の病』だった。
「告白するのが怖い」というのも、相手の事が好きすぎるからこそ、嫌われたくないからだ。嫌われたくないという想いは、相手に迷惑を掛ける行動の一切を取らせないものだった。ここから考えても「ストーカー」「監禁」に「相手が大事」「相手に嫌われたくない」「迷惑を掛けたくない」は全く感じられない。それらの犯罪行為は『恋の病』ではなく、ただの「自己陶酔」「自己満足」なのだろう。他者を一心に想い、付き合いたい、添い遂げたいと願う心は本当に美しいものだ。当然、叶うかどうかなどは誰にも分からない。だから怖い。しかしその「恐怖」が我々には必要なのだ。その恐怖を知るからこそ、叶った際に生涯を掛けて相手を守りたいと思えるのだ。『恋の病』、そこでの苦痛や苦悩は「真の交際」「真の対話」を運んでくるステップなのだ。それを勘違いして自己の「利」だけを追求しようとすると、大きく横道に流れてしまう。それが上記の犯罪群なのだろう。
現代人は「辛さ」「恐怖」「痛み」を避けて行動しようとする。それは間違いではない。しかし「恋愛」の前では大きな間違いだ。「辛さ」「恐怖」「痛み」を手に入れる事で「恋愛」はより精度を増していくものだ。今一度、この利便性追求だけの現代世界に『恋の病』を復活させようではないか。